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ある場所に一人の少年がいた。 少年がすむ屋敷は大きな緑の森の奥にある古い屋敷だった。 城とまではいわないが、緑の葉を青々とつけたツタが館の茶色の壁を全て多い、緑の壁に見えるその屋敷は十人以上の人が住むことができそうな屋敷であった。 表だけではなく、中も少年しか住んでいないせいで使われていない部屋が多々あり、その場所はホコリがつもり、歩いてみればきっとくっきりとした足跡が残るだろう。 少年はそんな屋敷、たった一人きりで住んでいた。父親も母親も無く。 「………………………………」 ある日、少年はいつものように屋敷にある書斎で本を読んでいた。 書斎には少年が読むには難しいのではないかと思うような本があり、部屋自体もかなりの広さをもっていた。 少年は一四、五歳の少年の平均的な身長である。その少年の身長二つ分もある本棚がずらーと、四、五十あるのだから、ただ一言書斎と片付けるのはおかしいかもしれない。 けれど、少年以外の存在がここを使うことは無いのだから名前は関係ないのかもしれない。 パタン 少年は読んでいた本を閉じると、それを元の場所に戻した。そして、はしごをゆっくりと降りた。 少年は書斎の扉のそばにある本棚のてっぺん近くで本を読んでいた。ちょうど、はしごをイス代わりにして。 少年は書斎を出ると、外にでた。 風が少年の銀の髪を遊ぶ。 屋敷の周りを囲む森……少年にしてみれば庭とたいして代わりの無いこの森は近隣に住む村人たちにとってはしばしの恐怖の対象になる。 その原因の一つに少年の住む屋敷もあるのだが。 ぶわっ ざあぁああああああああああああああああああ………… 「んっ!?」 少年がぶらぶらと森を歩いていると、突然激しい風が少年の体を押した。 あまりの激しさに木々の枝を弓のようにそり、少年はまぶたを閉じた。少年の髪は前髪も含めて後ろへと引っ張られる。 「くぅっ」 あまりの激しさに、うめき声が少年の口からもれた。 風はそれほど長い間は吹いていなかった。 少年が、風が止むのを感じて眼をあけると、その蒼い瞳は大きく丸の形をえがいた。 「なっ!?」 先ほど、風が吹く前は確かにそこは緑の茂みが広がっていた。 しかし、その茂みの前に、今は一人の少女がいる。 「どうゆうことだ?」 少年は小さく呟きながら、慎重に少女に近づいていった。 少女は少年とさほど変わりのない年齢に見えた。 白い、つなぎの服は柔らかく、緩やかな感じの服だった。 茶色、というより亜麻色と区別した方がいいだろう髪は少女の頬にかかっていた。 その姿は少しばかり現実感に薄い、幻想のように少年には見えた。 少年は夢現ような感じに少女に近づいていった。 そっと、その頬に触れると柔らかに髪がさらりと流れた。 少女は触れられても起きるどころか、反応を示さなかった。けれど、その体温は暖かい。 少年はしばし考えると少女を両腕に抱えて、館へと戻る方向へと歩いて行った。 「シェゾ?」 あれから数日経った。 少年の館で目を覚ました少女は自分の名前以外の記憶を失っていた。 「なんだ、アルル?」 少女はまるで風のようだった。 ――少年の中に新しい何かを運んできた風 明るい太陽のような黄金色の瞳はいつも輝いていた。 そして、一つの場所にじっとしていられない姿は気を失っていた時とは違い、とても幼い。 少女は流れる風にようにいつも館の中をバタバタとしていた。 「何か見つかった?」 少年は少女の記憶を戻す手段が無いものかと、書斎でその関連の本を漁っていた。 はしごの半ば辺りに座り、本をめくる少年に少女は少し大きめな声で聞いた。 初めは少女も本を読み、手伝っていたが、少女には難しすぎたためか、二日目には挫折をしていた。 「いや」 「そっか……そろそろ、お茶にしない?」 記憶が戻るまではどうしようもないので少年の家に居候する事になった少女は、せめて、と言って、家事をするようになった。 「ああ、そうだな」 少年は頷くと、はしごを降りていった。 こんな風に少年が方法を探し、少女が少年の身の回りの手伝いをして、ときおり休憩をするという風に毎日が過ぎていった。 ある日の事だった。 少女はときどき館の屋根に寝そべっていた。 その日も、そんな風に館の屋根で寝そべり、気持ちの良い日を浴びて、浅い眠りに少女はついていた。 ただ、この日はいつもと違った。 「……うっ……ん………………やっ……ぁ……」 苦しい夢でも見ているのか、少女の眉間にはしわがよっていた。 「やだぁ!!」 ガバッ 少女は跳ね起きた。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………なんだったんだろう?」 恐かった……そんな記憶があるのに夢自体を思い出せず、少女はポツリと呟き、空を見上げた。 さぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 風が優しく少女に吹いた。 「…………そろそろ、夕飯だ。おりなくちゃ……」 風のおかげか、少女は夕焼けの空を見て、呟き、立ち上がった。 「え?」 いつもならありえなかった……少女は屋根の上でバランスを崩し、落下していった。 「きゃあああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!」 がさっ ばさっ がさささささささっ ぶわぁっーーーーーーーーー 木に引っかかる音と激しい風の音、そして少女の叫び声が重なった。 「なんだ!?」 少女の叫び声を聞いて、少年は慌てて書斎から飛び出した。 廊下を走り抜けて、一気に館の外に出る。 その間、少年の中には少女の事でいっぱいであった。何かあったのか、少女の心配で不安が心を占めていた。 「アルル!!」 ちょうど茂みになっている部分に木の枝が周りに落ちていて、全身に葉や擦り傷をつけた少女を見つけ、少年は叫んだ。 少女が落ちたのは館の屋根。その館は三階まである建物。通常ならもっと大きな怪我をしてもおかしくなかった。 ちょうど、木の枝が落下速度を緩め、下の茂みがクッションになった。 少年はそう思いながらも大きな怪我がないか、少女の身体をみた。 少女は寝台の上で横になっている、その少女を心配そうに見つめる少年。 「うっ…………」 「アルル!?」 少女が小さくうめき声をあげて、目を開くと、少年は飛びつくように少女をのぞきこんだ。 「しぇぞ?」 ぼんやりとした声で少女は少年の名前を呼ぶ。 「大丈夫か?」 「……ボクは ………………ああ、そうか…………大丈夫だよ」 少女は自分がどうしたのか思い出し、少年に優しく笑った。 どこか、淋しそうに。 「アルル?」 少年はその、ほんの小さな、些細な変化を見逃さなかった。 「…………思い出したよ」 「へ?」 「ボクの記憶」 「ほんとか!?」 「うん ボクは……ボクは風。風の子供」 「風の子供?なんだそれ?」 「ごめんね、シェゾ」 少年の質問に答えずに少女は謝った。 「おい……」 「ボクはキミのことが大好き。始めて見たときから君にひかれてしまった。 ……だけど、ボクは風の子供だから……けど、どうしても止められなくて。 ボクはしてはいけないことをしてしまったんだ。 ボクはそのことを覚えているのが嫌で、そして逃げていたんだ。記憶を消すということで。 けど、思い出してしまった。そして、ボクは風の子供だから。風だから。 戻らなくちゃいけない」 「なんだよ、それ……」 少女は寝台から立ち上がり、扉の方へと少しずつ歩きながら、まるで独白するように話していた。 少年はそんな少女の言葉にあるものを感じて、呆然と呟いた。 「ボク、キミのこと、本当に大好き。 けど、行かなくちゃ。 ごめんね。 でもね、ボクはいつもキミと一緒にいるから。傍にいるから。 風を感じたらボクを思い出して。 ボクはキミと一緒だよ。 ありがとう。 キミと一緒にいた時間、とっても暖かくて、とっても楽しかった」 「おい!」 扉を向こうへと少女は消えた。 急いで少年が扉を開けると、館の外への扉が閉じる音が聞こえた。 バン!! 少年が荒々しく外への扉を開けたとき、そこには誰もいなかった。 「何だよ……どうしてだよ…… ……なんで、いなくなんだよ!!」 少年の傷ついた声は静かな森へと消えていく。 風が包み込むように少年に吹いた。 ――ボクはキミと一緒だよ。 風を感じたらボクを思い出して。 少女の言葉を思い出し、少年は静かに一粒の涙を零した。 数日の間、少年は少女がよくいた館の屋根で空をじっと見つめていた。 風が流れるその場所で少女の事をずっと思い返していた。 初めて見たときから、惹かれていた。 人に興味など持ったのは、少女が初めてだった。 ――ボクは風の子供だから。風だから。 「風……風の子供……?」 少女の言葉を思い出し、声に出すと何かが少年の頭の中で引っかかった。 「………………………………!」 少年は導き出した答えと同時に屋根から書斎へと走り出した。 書斎の奥、伝承類を主に置いている棚。そこへ行くと少年はある一冊の本を取り出した。 『風の伝承』 それは風に関する伝説などについてまとめられた本だった。 その中には風の子供″という言葉がはっきりとあった。 ――――風は多くのモノの集合体 まとめるのは風の女王 そして、風を起こすのは風の子供たち 風の子供は風の妖精などのようにも呼ばれている―――― そう書いてある部分を読むと少年は次に魔法陣についてを主に置いてある書棚に向かった。 「風……風の妖精…… ……これだけじゃ駄目だ。 …………………だが、改良を加えれば…………」 そこから、少年の『ある計画』が動き出す。 一人の青年が魔法陣の前に立ち、一心不乱に呪文を唱えていた。 黒いマントが風にはためき、銀糸の髪は乱されている。 軽く目を閉じて、精神を集中させている。 「―――――――――――!!」 最後の一説を唱え終わった時、風が魔法陣へと集まっていく、膨大なその量は目にさえ見えたように思えた。 凄まじいその風に青年は魔法陣を見つめていた蒼い眼をきつく閉じた。 「……ムチャするなぁ、もう」 風が収まった時、青年ではない、女の高い声が青年の耳を打った。 その声は青年の記憶にあるものと変わっていない。 深く澄んだ蒼い瞳を魔法陣に向けるとそこには、白のローブのような服を着た、金の瞳が印象的な、大人と子供の境にたつ女性がいた。 呆れたように微笑む様は大人びている。 「お前だからさ……お前といるためだからな」 青年は女性の言葉に微笑みながら言葉を返した。 愛しい者への暖かな微笑。 その微笑む姿は青年が少年であった頃の面影を表す。 「だからって、自分で魔法陣を創るなんて……普通はできない事なのに、ムチャすぎるよ! ボク、ずっと心配でやめて欲しかったのに……キミにボクの声は届かないだもん……」 「俺は自分に正直に従っただけだよ…… お前とずっといたい、風は気まぐれにいなくなっちまう。 捕まえるためなら何でもするさ。 風のままのお前よりも、姿を持ったお前とずっといたいんだ…… …………アルル」 ゆっくりと言葉を紡ぎながら、女性に歩んでいく青年。 女性の前に立つとしっかりとその存在を確かめるかのように強くその身体を抱いて、呼びかけるように女性の名を呼ぶ。 「…………シェゾ。 ……どうなっても知らないからね」 女性もまた、青年の存在を確かめるかのようにその背に手を回し、諦めたような声音で言った。 「お前となら、なんとでもなるさ」 自信を持った青年の声に女性は笑う。 明るいその笑みは少女だった時の姿を確かに残していた。 少年の『ある計画』は成功した。 数年という年月を通して。 風の子供は風の妖精。 風の妖精を呼ぶ魔法陣を徹底的に改良して、ただ一人望む、風の子供を呼ぶ。 それには、多大なる『力』そして知識が必要だ。 少年にはそれだけのものが在った。 そして、褪せる事のない想いがあった。 風の子供と少年は出会い 風の妖精と青年は結ばれる。 〜Fin〜 |