オレ、悪魔
風月 藍




――――――どうして 出逢ってしまったのだろう…





 風が吹き、オレの頬にひんやりとふれた。
 小さな、とても小さな、
 けれど、何かひっかるような、そんな声がかすかに聞こえた。

「…………?」
 風は北から吹いてきた。
 オレは心地よいまどろみから、瞼を開いて、北に目をむけた。

 サァーーーーーーーーーーーーーー……

 先程よりも少し強い風が、今度ははっきりと声を届けた。
「ちっ」
 うるさくて、たまんねぇ。
 オレはそう思って、樹から飛び降りた。
 普通に降りたら、骨の一本や二本はやるだろう高さから。
 ばさっ
 風でざわめく葉とは別に、羽ばたく音を耳に感じ、
 オレは軽い浮遊感を感じながらトンッと地面へと降り立った。
 ばさりっ
 音を鳴らし、背の翼をしまうと、羽根が一枚、ひらりと足元に落ちた。

 黒い羽根。悪魔の証。
 あの澱んだ闇の底、人の魂を狩り血を好むと言われる、あの悪魔の証。

 唇の端をあげてオレは自虐の笑みを浮かべた。

 羽根を踏みつけ、オレは北の方向…
 風が流れてくる方へ向かった。



 だんだん、
 近づくにつれて、声をはっきりと聞くことが出来た。
 それは、女の…泣き声という感じだった。
「こっちか……」
 声は、奥の広場から聞こえた。



 クセのせいか、足音も立てずに、広場へと入り込んだ。
 花もない、何もない草だけがある、自然とひらけた場所。
 そこに、座り込んで小さなガキが泣いていた。

「これか…」
 オレが呟くと、声が聞こえたのか、そのガキは振り返った。
「…だ、れ?」  涙をぼろぼろと流しながら、ガキは金色の瞳をきょとんとさせて、オレを見た。
「何をしてる」
 オレはガキに答えずに問いかけると、ガキは素直に答えた。
「…みんなとはぐれたの」
 ぐすっぐずっ、と鼻をならし、ガキはオレを見上げた。
 十そこそこか……
 自分より少し年下か、と思いながらオレはガキに近づいていく。
「つまり、迷ってんだな」
 オレが言うと、ガキはコクリとうなずいた。
 はぁ〜とため息をオレはついた。
「ほれ、立て。外まで案内してやるよ」
 内心、面倒だと思いつつも、普段のオレなら絶対に言わないだろう事を言い、外の方角へ向かった。



 ガキは人見知りをするようなタイプではなかった。
「ねぇ」
「…………」
 何でこんな事をしているのだろうか、と思いながらオレは無言で前に歩く。
 とっとと面倒なコレを終らせるために。
 何度も問いかけるガキの声を無視して。

「ねぇてばっ」
「…………なんだよ」
 服までひっぱりだすガキに、オレは仕方なく不機嫌な口調でこたえた。
「ボク、アルル。キミは?」
 何かと思えば、名前かよ。
「ねえ、キミは?」
 ちらりとガキをみると、じっとこちらを見ていた。
「シェゾ……」
 金色の瞳を見ていると、黙り込んでも無駄なように思え、オレはぼそっと呟いた。
「シェゾかぁ。いくつ?」
 なぜか、楽しそうにアルルと名乗ったガキは言った。
「答える必要があるのか?」
「んー、別に無いけど。気になる」

「…………十四」
「へー、ボクと同じ年かぁ。もっと上かと思った」
 一応答えてやったオレは、次のコイツの言葉にぽかんとして、足を止めた。
「うわっ。
 どうしたの?」
 俺の後ろ歩いていたガキ…いやアルルは、トンっとオレの背中にぶつかり立ち止まってオレを見上げた。

「オマエ、十ぐらいじゃないのか…?」
「何それ。失礼だなぁ。
 ボクは十四だよっ」
「ウソだろ……。全然、見えねぇ」
 オレが震えながら指差すと、アルルは怒ったように、オレの指をおさえ、頬をふくらました。
 ガキぽいよなぁ…
 その姿に俺はつくづくそう思った。


「そういや、何ではぐれたんだ?」
「……みんなと見学に来て、歩いていたら、
 すんごく変わった動物がここに入っていくのが見えて、気がついたら、追いかけてたの…」
「…それで迷うなんて、
 まぬけだな」
「うっ……わかってるもん
 ふくれ面を横に向け、不機嫌そうにアルルは呟いた。
 思わず、笑ってしまいそうで、オレはアルルから顔をそむけた。
「もぉ〜!笑わないでよぉっ」
 しかしながら、肩が震えてしまっていたせいで、容易くアルルに気付かれてしまった。
 アルルの怒ったような拗ねたような声を背中の向こう側に聞きながら、ふっと思った。

 こんな風な感情は今まで感じたことなどなかった、と。
 楽しい、なんて。
 そんなものは『あそこ』には、なかった。


「あっ!?」
 突然アルルは声をだした。
「どうした?」
「あれっ!」
 アルルはそう言って指をあるものに向けた。
「…なんだ、あれ?」

 そいつは兎のような耳、丸いしっぽ、ひたいに赤い玉を持ち、黄色い小さな身体をしていた。
「あっ!?行っちゃう!」
 オレが驚いていると、奇妙な生き物は走り去り、アルルはそれを追いかけた。
「あ、おい!
 そっちは反対だぞ!!」
 俺が止めようと声をかけたのが聞こえていないのか、アルルと生き物は森の奥へと走っていった。
「くそっ」
 舌打ちをして、オレはアルルを追いかけた。

 放っておけば良いのに。
 普段のオレならそうしていた。
 なのに……何故、オレはアイツを追いかけるんだ?

 自分に問いかけても答えは出てこなかった。
 ただ、アルルを追いかけ、走っていた。



「この先は……」
 オレが最も好んでいる森の最奥だ。
 全ての生き物に活力を与える、大地の力があふれている場。

「何で、あの奇妙なのが…?」
 いや、ただの偶然かもしれん。
 そう思いつつ、踏みこむ。
 樹々の隙間から木漏れ日が入り、白い花は淡く、目障りには感じない輝きに包まれていた。
 その場に経つだけで、自分の中が力にあふれながら、落ち着いた感覚になっているのを感じる。
 と言っても、はじめて来た時は、あふれる力に、普段は自由自在にしまえる翼さえも広げ、途惑っていた。

「っと」
 アルルは何処だ?
 と、オレはあたりを見回した。あの奇妙な生き物は見つからない。
 !??!!!
「アルル!?」  淡く輝く花たちの中心にアルルはいた。
 身体をおさえ、うずくまりながら。
 その様子に、オレの心から平常心が消えかかっていた。
「っく……あっ…」
 アルルは苦しそうに声をもらしていた。
「どうした!?」
 近づこうと、オレが走り出した時、
「うああっ!!」

 ばさあぁぁぁ……!!
 ひらりひらりと白い花びらが舞い、その花びらに混じるようにふわりと雪のような真っ白な純白の羽根が舞い落ちた。
 今にも飛び出していきそうなほど伸ばされた翼。
 それは、アルルの背から現れた。

「ア…ル、ル……オマエ…」
 呆然とするオレを、アルルは哀しそうに見つめていた。
 それもそのはずだ。
 天使が人に直に接するのは緊急…人の世界を狂わしてしまうような大きな出来事の時のみ。
 それも、高位についた天使でなくてはならない。
 とは言っても、オレは悪魔なので、さらに悪い事態だったりする本当は。
 悪魔と接触する事は天使にとって重罪にあたりするのだから。
 まあ、アルルはオレが悪魔と知らないが。

「シェゾ……
 だまっててゴメン。
 ボクは…天使なんだ」
 アルルの告げた言葉はわかっていたことなのに、オレはショックを受けていた。

 何故、オレはこれほどの衝撃をうけている?
 …………一緒にいたかった…?
 オレが?

 オレは混乱していた。
 それでも、それを表面に出さずにアルルを森の外まで連れて行くことが何とかできた。
 二人、黙り込み、離れ、森の道を進んでいく。



「ありがとう。
 さようなら
 アルルはうつむいたまま、言った。  走り去ろうとした時、アルルの瞳に涙が浮かんでいるように、オレには見えた。
「アルっ……」
 呼び止めようと思い、声を出そうしてオレは思いとどまった。
 アルルは天使で、オレはアルルには知られていないとはいえ悪魔…
 その考えが邪魔をして。
 そして、アルルはすでに遠くに行ってしまった。

「……………………」
 短い時間だった。
 けど、それだけで十分だった。
 オレはすでに始めからつかまっていたんだ、あの太陽の瞳に。

 オレが悪魔だと告げることが出来なかった。
 ……その方が良かったのかもしれん。
 アイツはオレが悪魔だと知ったら怯えるだろう。
 天使には、悪魔の事が人に伝わっているよりも、もっと酷く伝わっているはずだから。

 悪魔が天使を愛するなんてこと在り得てはいけない。
 このことが知れれば、きっとアルルにも害が及ぶだろう。
 この感情を棄ててしまえれば、良いのだろう……
 だが、
 それは無理だ。

 無気力に歩きながら、空を見上げた。
 高く遠い空は、哀しそうで、……オレのようだ。

 アイツに逢わなければ、あの感情もこの感情も知らずにすんだのに。
 楽しいなんて感情も、
 人を愛する感情も、
 胸が締め付けられるような、哀しいなんて感情も、
 知らずにいられたのに……

 欲しいのなら奪えばいい。そんな想いもある。
 オレは悪魔なのだから。
 そう……オレは悪魔で
 アイツは天使。

 変えようの無い現実。
 けして、共にあることはできない。

「アルル……」
 愛しいものの名前を呼んでも、
 ただ、虚しさがこみあげる。


――――――どうして 出逢ってしまったのだろう





――――そして…

 あれから、何日も経った。
 オレは何もする気もなく、無気力に日々をすごしていた。
 いつも、アイツのことを考えながら。

「どうしたんでしょうね?彼は」
「さぁな。私にも分からん」
 ルーンロードとサタンがオレの変化に首をかしげているのも知ってはいたが、言う気はない。当たり前だ。
 何が起こるか分かりきっているのだからな。
 アイツを害することはどんなものだろうが、させない。


 その日は、珍しくあの森の中を流れるような風がオレに触れた。
 この澱む闇の底、ここには風はめったに流れない。
 オレは、その風に誘われるように、森へと、魔界を出ていった。
 ――もう一度、逢いたい
 本当の願い。
「アルル……」

 森の最奥には、先客がいた。
 どこか哀しげに、けれど美しいと感じられる歌を歌う白いローブの少女。
 薄い感じのする茶色、亜麻色だったろうか、そんな色合いの髪はある人物を想い出させた。
「アルル?」
 オレの声にそいつは振り返り、ハッとした表情で金色の瞳を見開いた。
「シェゾ…」

――to be continue――


あとがき  16〜30  ボク、天使
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