Legend
風月 藍


 樹露の町。
 そこは小さな町だった。
 しかし、そこに住む人々は穏やかで優しい人ばかりだった。

 人々は自分達の住む町を愛していた。そして、その街のシンボルでもある『露の木』を。
 人々は子供が生まれた事や恋人ができた事、今日の天気。
 そんな些細な事をその木に向かって話していた。
 まるで一つの家族のように。

 『露の木』は薄い白い葉を持っていた。
 それは太陽の光を受けるときらきらと輝き、まるで葉露が太陽に反射しているようだった。
 人々はそのうち、『露の木』をこう呼ぶようになった。「ポルア」という名を。
 白銀の髪をした大地の瞳を持つというある物語の旅人の名を。
「ポルア、あのね。弟が出来たよ」
「やあ、ポルア。今日もいい天気だねぇ」
 人々の思いは暖かく、何年も生きてきた『露の木』は新たな形を持ち始めた。
 樹露の町に住む人々は一度は見ることだろう。
 白銀の髪に大地の瞳を持った青年の姿を、物語と同じ姿をした精霊を。



『今日も町はとてもきれいだなぁ』
 白銀の髪は太陽の光を受けて青年が座る『露の木』の葉と同じように輝く。
 『露の木』は何十年も生きてきた老木といってもいい。その幹も枝もとても大きかった。
 青年はその枝の一つに座っていた。そのとても大きな木の頂点近くの枝に。そして、町を見下ろしていた。
 『露の木』があるのは町の中央だが、この木の高さに匹敵するほどの建物などはない。
 青年は音もなく枝から降りた。
 自殺行為としか言いようがない。この高さから落ちたら人は死んでしまう。
 しかし、青年はふわりと浮いて地面へと降り立った。

 青年の名はポルア。『露の木』の精霊。




「わあっ!大きな木」
 町の入り口を馬車がとおる。
 その馬車の中から太陽を表すような金髪に太陽が浮かぶ青空のような青い瞳をした少女が身を乗り出していた。
「こらっ、危ないわよ」
 御者台に座っていた少女の母親が少女に言う。
 父親は我関せずといった感じに馬を操り、町の中にある新たな我が家へと向かっていた。
「大丈夫だよ、お母さん。それよりもお父さん、あの大きな木がお父さんの言っていた『露の木』?」
「んっ、ああ。そうだよ」
「そうかぁ」
 少女は馬車が家に着くまでずっと『露の木』を見ていた。


 この家族は今日、この町に引っ越してきたばかりの家族。そして少女の名はデュー。
 都の流行の服よりも自然の中でゆっくりとしている事が大好きという、都ではめったにいない少女。
「ねぇ、お父さん。広場に行っててもいい?」
 少女は間近であの大きな木を見たいのか目を輝かせて父親に聞いた。
「ああ、行ってきなさい。迷子になるんじゃないよ」
「だいじょうぶ!」
 少女は長い金髪を風になびかせて走っていた。


「うっわぁ!!すご〜い」
 少女は広場で『露の木』を見上げていた。その瞳は純粋に驚きに輝いていた。
 精霊の青年は少女に気付く。
 ――見た事ない子だな……
 すでに青年を見るのは難しい年頃の少女だが、それでも、なぜか青年は少女に惹かれて声をかけた。
『ねえ、きみ』
「えっ」
 青年の言葉に少女はきょろきょろと辺りを見回す。

 ――やっぱり無理だったかな
「あたしの事?」
 青年が思ったこととは別に少女は自分に声をかけているのかを確かめただけだった。
 少女の青空の瞳はしっかりと青年を見ていた。

『そう、きみだよ』
 青年は珍しい事なので驚いていたがすぐに少女に声をかけた。
『見た事ない子だけど、もしかして新しくきた子?』
「うん、そうだよ!南の都からきたの」
『南の都から……ねえ、この町をどう感じる?』
「いい所だと思うよ。あたしが都の雰囲気が得意じゃないからかもしれないけど、この気も町も暖かくて、あたしきっとこの町がとっても大好きになると思うの」
 少女は瞳を輝かせて青年に言った。
『そっか』
 青年は少女の言葉にとっても嬉しく感じた。そして、柔らかな微笑を浮かべた。

 ――きれい……まるで、天使みたい
 少女は青年のその微笑を見惚れていた。

『ところで、君の名前は?』
「えっ!ああ、あたしの名前はデュー。デュー・レソート」
『ぼくはポルア』
 少女は青年の問いに慌てて答える。青年は自分の名前をいい、手を差し出した。
 普通の人なら青年に触れる事はかなわない。それを青年は知っていたのになぜか自然と手が出た。
 そして、少女は青年の手をしっかりと握ったのだ。
『…………!?』
 自分からした事なのに青年には信じられなかった。
 少女はそんな驚愕の表情の青年を見て不思議そうに首をかしげた。



 それから、青年と少女は西の空がオレンジにそまるまで『露の木』の根元で話していた。
 幾人の町の人たちは少し不思議そうにその少女を見ていた。
 大人になると青年の姿は見えなくなる。
 それでも、見えていた子供の時期があるから少女が何をしているか、皆、知っていた。
 子供たちも時々、ポルアに声をかける。
 少女はそんな町の人々の様子には気付かず、青年の話を熱心に聞いていた。そして、青年の姿をずっと見ていた。

『ああ、もうこんな時間だ』
 青年は夕焼けの空を見ていう。少女も青年の瞳を追いかけて空を見る。
 ――もう、帰らないと……でも……
「家に帰らなきゃ。ねえ、ポルア。明日もきていい?」
 少女は青年と一緒にいたくてたまらなかったけど、父親と母親を心配させたくなかった。
 だから、少女は青年に再び会えるように聞く。
『うん、ここはみんなの場所だからね』
 青年はそんな少女の様子に気付かずにそれでいて自分の中で何かが生まれてくる予感を感じていた。

「じゃあ、また明日!」
 少女はそう言って手を振り、家へと帰った。
 青年はそんな少女が見えなくなるまで見ていた。


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